SWEET VOICE



2人は暇つぶしに口喧嘩をしているみたいだとタケルは思う。
ちょうどみんなが退屈しているときに2人のそれは始まるのだ。
今も例外でなく、1人違う学校である賢を待つ、手持ち無沙汰な時間に2人は言い合いを始めた。
「トムとジェリーみたいだなぁ。」
「あら、どっちがどっち?」
「ギリで、京さんがジェリーかな?大輔君の方が小さいけど。」
タケルとヒカリは2人を見ながら笑った。
そんな日常の風景は、偶然通りかかった教師によって壊された。
「井ノ上!放課後にパソコン室で何騒いでるんだ!」
不公平に自分だけ怒られたと京は抗議するが、結局1人廊下で説教を受ける羽目になってしまった。
うまく逃れた大輔は、ガッツポーズ。
「やりぃ、京のバカでかい声のせいで助かった。」
どうやら不公平な説教の原因は、京の声質にあるようだった。
廊下近くにいたタケルとヒカリにもそれは理解できたようで。
「京さん、声高いからね。」
「響くよね。私は可愛くて好きだけど。」
「京の声が、可愛いー?」
大輔は顔を歪める。自分に対してはがなり立てるだけの疳高い煩い声を、
可愛い声と言う人がいることに納得がいかない。
それも、それが自分の好きな女の子なら、尚更だ。
「お待たせ。」
賢とワームモンが入ってきた。ことの一部始終を聞くと、賢は手を口に当て、俯きながら呟いた。
「僕も、可愛いと思う。」
賢は、疳高いがどこか甘い、京の声の響きを思い出した。

そんな話をしているうちに京は戻って来た。時計はもう5時を示していたので、
慌ててパソコンの前にみんな集合した。
いつもの京のかけ声が響く。
今怒られたばかりなのだから声を抑えた方が、とは誰も言わなかった。
京が1人で始めたかけ声は、いつの間にかみんなの心を引き締めるような役目を担っている。
それこそ、この声がなければゲートは開かないのではないかと思えるほど。

デジタルワールドから帰ってきたのは、日が暮れてしまってからだった。
いつも帰宅の時間を気にする伊織が稽古で欠席だったために、ついつい遅くなってしまったのだ。
大輔を中心に、明日の確認をする。
明日は土曜日で学校がなく、一日中デジタルワールドの復旧作業に使える貴重な日だ。
「僕、明日は午前中だけサッカーがあるんだ。」
賢が手をあげた。答えたのは大輔ではなく京で、終わり次第京の携帯電話に連絡を入れるということで話は片づき、
京は家に帰った後賢の家に電話をするから互いの携帯の番号を教え合おうと言って明日の打合せは終わった。
ランドセルを背負って、もう暗くなってしまった校舎を忍び足で抜けた。
「んーっ、お腹すいた!」
正門を出た京の第一声に、場の空気が緩む。皆で好きな食べ物の話をしながら帰った。
「じゃあ、後で電話するからー!」
お台場駅に良く響いた。

賢は足早に家に帰った。
お父さんは珍しく早く帰ってきていて、今日起こったことを話しながら三人で食卓を囲んだ。
食後、賢がリビングルームでうとうとしてしまっていると、お風呂に入るように言われ、
その通りにしようと思ったところで、電話が鳴った。
「お母さん、僕が出る!」
滅多に聞けない賢の大きな声に、両親は顔を見合わせた。
賢は受話器を耳にあてる。
もしもし、と言う。
少し大人びた余所行きの声が受話器から響いてくる。
「僕です。」
「あ、賢君!」
声が綻ぶ。
今日話した、疳高いがあまやかで優しく響く、あの声になった。
表情だけでなく、声色も素直だと思った。
電話番号を教え合って、たった数十秒間の電話を終えようとしている。
「あのね、」
京の珍しくボリュームをおとした声に、賢は耳を傾ける。
なかなか続きを言わない。
何を言われるかわからず、緊張する。
「京さん?」
「今日、声可愛いって言ってくれてありがとう。」
次に聞こえたのは切断音。
今流れているのはツーツーと断続的な機械音。
でも賢の耳に残っているのは、あのあまやかな響き。
賢は顔が熱くなる心地がして、部屋へ駆け込んだ。
崩れ込むように床に腰を下ろし、ミノモンを抱きしめる。
普段は床に座ったりしない。一応絨毯が敷いてはあるものの、賢の定位置は勉強机の椅子だった。
ミノモンが心配してかけてくれる言葉のどれにも賢は反応を返すことができない。
無意識のうちにきつくきつく抱き締めていた。

何分経っても部屋から出てこない賢を心配した母親のノックで、賢はやっとのことで体をびくりと震わせた。
慌てて返事をして風呂に入ったが、あの響きはなかなか耳を離れなかった。
(なんだか、耳がくすぐったいんだ。)



END