あなたがしてくれたこと



空は快晴。
風も心地よく吹いて、涼しさを連れてくる。
「んーっ、まさにピクニック日和!」
満足そうに背伸びをしたのは、今回の企画者である京さん。
「なぁ、早く食おうぜ。俺腹減ってんだよ。」
大輔がそう言うのを、八神さんと高石君は笑う。
そのせいでうなだれてしまった大輔に、前方から京さんからの
叱咤が飛んできた。
「まだだぁめ!この先にきれいなお花畑がある筈なんだから!」
まさに泣きっ面に蜂。
再び表情を歪めたものの、へこたれない大輔は、ブイモンの腕を引っ張っ た。
「なぁ、お前ライドラモンになれよ。」
ここ最近すっかり京さんに餌付けされてしまったらしいブイモンはふいと首 を振り、
自分のパートナーにわざと意地悪そうに「嫌だね」と言ってのけた。
「花なんか食えねぇじゃんかぁ。」
「大輔さんらしいですね。」
最年少の伊織に呆れられ、またしても八神さんと高石君に笑われてしまった 大輔は、
後はもう萎れた花のようにとぼとぼ歩くだけになってしまった。

そうして10分程歩いて着いたところは、京さんの言う通り見事な花畑だっ た。
想像するしかない楽園というものを映し出したような場所。
一面に広がる緑に桃色、紫、黄色の花が群れをなして咲いている。
ところどころに果実を実らせた大樹がたち、木陰を作ってくれている。
小さな小川が流れ、幼年期デジモンとその保護者のような成熟期デジモンが 水を飲んでいた。
さっきまで花より団子と公言していた大輔も流石に目を見張っていた。
しかし次の瞬間には、頬を緩ませ鼻の下を伸ばしてパートナーデジモンと共 に花を摘んでいた。
大輔の楽しそうな後姿を見ていると、僕もいつか恋をするのだろうかと考え る。
女子の一言に一喜一憂したり、花をプレゼントしたり、ライバルの存在にや きもきしたり・・・。
「もー、手伝いなさいよー!」
京さんの声で我に返った。
僕がくだらない空想をしている間に八神さんはカメラに夢中だし、高石君は パタモンに花の蜜を吸わせていて、
伊織君はアルマジモンが見つけてきた見慣れない果実を検証中。
京さんの元に駆け寄り、レジャーシートを広げるのを手伝った。
休憩場所がある程度形になったところでワームモンを遊びに連れて行こうと したが、
京さんを一人にしてしまうのは躊躇われて、シートに2人で座った。
「飲み物、好きなの選んで。」
京さんは今までホークモンに持たせていた大きなビニール袋をシートの上に 豪快に広げた。
「ありがとう、ございます。」
コーラ、オレンジジュース、派手なパッケージの炭酸飲料、お茶、スポーツ ドリンク、ミルクティー・・・
明らかに人数分以上あるペットボトルの中からお茶を選んだ。
「賢君、お茶が好き?」
「えっと、そうですね。」
「オーケー。ジュースは嫌い?炭酸飲める?」
「嫌いじゃないですよ。おやつの時とか、飲みます・・・。炭酸も、大丈夫 です。」
「ふむふむ、了解っと。好きな食べ物は?嫌いな食べ物は?」
「好きな食べ物は、ハンバーグ、好き嫌いは無いです。」
正直僕はまだ、みんなと話す時には緊張してしまう。
特に自分でもよく分かっていない自分のことを聞かれると、困ってしまう。
今回のピクニックだって、本当は僕が行ってもいいものなのか、まだ考えて いるのだ。
京さんがメールをくれたからのこのこやって来たけど、僕自身まだあのこと を反省しきれていなくて、
悔やみきれてもいなくて、みんなにどんな顔をしたらいいのか、何を話した ら良いのかわからない。
「むぅ。インタビュー通りだわ。つまんなーい!」
「えっと、すみません。」
「あ。違うの違うの!謝らないで!えっとね、じゃあ、おにぎりは何が好 き?」
「おにぎり、ですか?」
お母さんが塾のときに持たせてくれるおにぎりを頭に浮かべたときだった。
「チョコー!」
「コーラ!」
毎度お騒がせコンビがシートに突進してきた。
京さんは一度怒鳴って見せてから、彼らの目当てのものを渡す前におしぼり を2人に渡した。
次々にみんなが集まって、京さんにお礼を言いながらそれぞれ好きなものを 手に取っていく。
「賢君も!」
そう言って京さんが満面の笑顔と共に差し出してくれたので、ビニールに包 まれたおにぎりをいただく。
「賢君、ツナマヨ好き?」
そう言われて、つい聞き返してしまった。ツナマヨって、何なんだろう。
京さんは不思議そうな顔をして、みんなに話しかけた。
みんなも同じ表情で僕を見つめてくる。
それから高石君がツナマヨの説明をしてくれた。
それを聞きながらパッケージの矢印通りに天辺からビニールを引っ張ってみ た。
裏側までビニールを剥がすべきなのだろうか。
左右に、2、3と番号が振ってある。なるほど、次はここを引っ張れば良い のか。
「違ーう、裏側まで引っ張って、両手を添えて・・・こう!」
京さんの手が伸びてきて、僕の手を取って、手伝ってくれた。
「・・・なるほど。ありがとうございます。」
「賢君って、もしかしてコンビニのおにぎり食べたことないの?それとも、 ただ不器用なだけ?」
「後者も否定はできませんが、前者です。見た事はあるけど、食べるのは初 めてです。」
今度は本格的にみんなに驚かれてしまった。
驚かれるようなことなのか不思議に思ったが、1人残らずそうだということ は、そうなのだろう。
「じゃあじゃあ、コンビニの肉まんは!?」
「他のところで食べたことはあるけど、コンビニのはないですね。」
「じゃあ、ピザまん食べたことないの!?」
「ピザまん?」
またしても知らない単語に首をかしげると、
京さんはこれはコンビニの娘として私の使命だわ、と意気揚々と語った。
アルマジモンが独特の話し方でチューチューゼリーを勧めてくれて、伊織君 と笑い合った。
高石君がツナマヨの感想を聞いてきて、美味しいと答えたら、
これもお勧めだよと高石君が食べていた物を半分くれた。
八神さんが、ツナマヨ記念日ね、と京さんと一緒に写真を撮ってくれて、
大輔にはカップラーメンも食べたことないのか、ポテトチップスもかと問い 詰められて困ってしまった。
相変わらずみんなと話すのは緊張する。
でも、みんなときちんと話そうと一生懸命な僕も、好きになれそうな気がし た。
ふと隣の京さんと目が合った。
京さんは今日一番の満足そうな笑顔で微笑んでくれた。







END